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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)2791号 判決

原告 甲野二郎

右訴訟代理人弁護士 柴田嘉逸

右訴訟復代理人弁護士 立木恭義

被告 甲田株式会社

右代表者代表取締役 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 江口保夫

同 江口美葆子

同 泉澤博

同 戸田信吾

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一四〇万円及びこれに対する昭和六一年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五九年七月一八日当時被告の取締役であったところ、被告は、右同日臨時株主総会(以下「本件株主総会」という。)を開催し、原告を取締役から解任する旨の決議(以下「本件解任決議」という。)をなした。

2  本件解任決議には、左のとおり瑕疵があり取り消されるべきものであった。

(一) 被告代表取締役甲野太郎(以下「被告代表者太郎」という。)は、本件株主総会当時被告の株式三二五〇株を保有する株主である訴外甲野春子(以下「訴外春子」という。)がイタリアのミラノ市に住んでいることを熟知しながら、故意に株主名簿の同訴外人の住所を被告代表者太郎と同一場所と記載し、同訴外人には本件株主総会の通知を発送しなかった。

(二) 被告代表者太郎は、本件株主総会の決議を被告代表者側に有利にするため、本件株主総会開催以前にあらかじめ定款の定めに基づかず株主の数と持株数を変更した株主名簿を作成し、右株主名簿に基づく株主により本件株主総会を招集した。右変更された株主名簿に基づく株主総会の招集並びに右株主による決議は違法である。

(三) 本件株主総会においては、議長である被告代表者が、あらかじめ作成された原稿を一方的に早口で読み上げただけで、株主よりの質問・発言要求には一切応答せず、二分という短時間のうちに本件解任決議を行った。右決議の方法は、違法である。

3  そこで原告は、昭和五九年一〇月一五日被告を相手方として、本件解任決議取消の訴えを東京地方裁判所に提起し(同裁判所昭和五九年(ワ)第一一五九九号株主総会決議取消請求事件、以下「別件訴訟」という。)、右訴訟は昭和六〇年七月二三日原告勝訴の判決が言渡され、同判決は昭和六〇年八月九日確定した。

4  本件解任決議は、前記2で述べたとおり、被告代表者太郎が故意又は過失により違法に招集した株主総会において違法な決議方法によりなされたものであって、右太郎の不法行為は被告の代表取締役としての職務を行うにつきなされたものである。別件訴訟は、右解任決議を取り消すために必要な訴訟であり、原告の取締役としての地位を回復するための唯一の手段であったところ、原告は、別件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士柴田嘉逸に委任し、着手金及び成功報酬金各七〇万円宛合計一四〇万円を支払った。右一四〇万円は、右太郎の不法行為によって原告に生じた損害といいうるから、被告は商法二六一条三項、同法七八条二項、民法四四条一項の規定に基づき原告に対し一四〇万円を賠償すべき義務がある。

5  また、原告は前示のとおり本件解任決議により任期満了前に正当の事由なく解任されたものであり、別件訴訟の弁護士費用一四〇万円は、右解任によって原告に生じた損害である。

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権若しくは商法二五七条一項但書の規定に基づき一四〇万円及びこれに対する催告の日の翌日である昭和六一年三月一五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2(一) 同2(一)のうち、訴外春子がミラノ市に居住していたこと、同居住地宛に株主総会通知を発送しなかったことは認め、その余の事件は否認する。

(二) 同2(二)のうち、原告主張の変更した株主名簿に基づく株主に総会招集通知をしたことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同2(三)のうち、株主総会が開催されたことは認め、その余の事実は否認する。

3 同3の事実は認める。

4 同4のうち、原告が別件訴訟を弁護士に委任したことは認め、その余の事実はすべて否認する。

5 同5の事実はすべて否認する。

(主張)

1 本件解任決議には真実は手続的瑕疵はなく、何ら違法ではなかったものである。

2 原告は本件解任決議取消後の昭和六〇年九月五日、株主総会において適法に被告の取締役を解任されているのであるから、本件解任決議が存しなかったとしても結局は取締役解任を免れなかったものであり、また、原告は被告から、本件解任決議がなされた後から右適法に解任されるまでの未受領の取締役報酬合計八二五万円を受領しているのであるから、いずれにしても原告には本件解任決議による損害はないものである。

3 本件解任決議に瑕疵が存したとしても、それは決議の取消原因となる手続的瑕疵にすぎず、右決議は取り消されるまでは有効であることからいっても、本件解任決議をなしたことが不法行為になるとはいいえないものである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告は昭和五九年七月一八日当時被告の取締役であったこと、原告は右同日被告の本件株主総会における本件解任決議により、被告の取締役を解任されたこと、原告は本件解任決議後の昭和五九年一〇月一五日被告を相手方として、本件株主総会の招集手続及び本件解任決議の方法には瑕疵があって、右解任決議は取り消されるべきである旨主張して東京地方裁判所に別件訴訟を提起したこと、これに対し、相手方たる被告は原告の主張事実をすべて認めて争わなかったので、裁判所は本件株主総会の招集手続及び本件解任決議の方法に瑕疵が存するとの認定の下に、昭和六〇年七月二三日本件解任決議を取り消す旨の原告勝訴の判決を言渡し、右判決は同年八月九日確定したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、本件解任決議は被告代表者太郎が故意又は過失により違法に招集した株主総会において違法な決議方法によりなされたものであって、被告代表者の右行為は原告に対する不法行為を構成する旨主張し、これを前提に被告に対し損害賠償請求するので以下まず右前提主張について検討する。

1  《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  被告は昭和三三年に被告代表者太郎、訴外乙山松夫、訴外丙川竹夫、その他三名により設立された株式会社であるが、実質的には被告代表者太郎を中心とする同族会社的色彩が極めて強い会社であった。

(二)  原告は被告代表者太郎と妻甲野花子(以下「訴外花子」という。)との間の息子であったところ、昭和五二年三月乙田大学理工学部工業経営学科を卒業し、その後丙田大学法学部の通信教育を受講し、さらに同五四年四月からは丁田大学大学院の経営管理研究科に通学していた。原告は右大学院通学中の昭和五四年一〇月から被告の監査役に就任し、学業の傍ら被告代表者太郎らの前記経営にかかる被告の仕事を手伝うようになったが、常勤せずほとんど被告会社の日常の業務を手伝うことはなかった。しかし、被告代表者太郎は原告に右役員報酬を与えることにより右報酬金をもって原告の学費に当てさせていた。

(三)  原告と被告代表者太郎との親子関係は、昭和五四年ころ、被告代表者太郎が自宅を出て都内大田区大森で女性と同棲して、原告及び訴外花子と別居するようになったことに端を発して不仲となった。原告は、右監査役就任時代には被告代表者太郎の経営理念・方針に対して、原告独自の経営学理論に基づいて強く非難、反発するようになり、同五六年一〇月に被告の監査役を辞任した。

(四)  原告は、昭和五八年被告代表者太郎の意向で被告の取締役に就任したが、被告代表者太郎の経営方針に対する非難・反発がますます昂じ、被告代表者太郎、原告の兄で被告の取締役である甲野一郎、専務取締役乙山松夫ら被告代表者太郎を助けてその経営に参画している役員達の意見を無視した行動に及ぶこともしばしばあり、また被告の得意先から原告の被告に対する反抗的な言動に対して非難・忠告がなされるようになった。

(五)  原告は、昭和五九年三月頃、被告に対し、自律神経失調症であるから半年位休ませてくれと言って、一方的に被告会社に出頭しなくなった。右無断欠勤中の同年六月には被告代表者太郎の不法行為を告発する手紙を税務署、国税局、警察等に送ったりした。

(六)  そこで、被告代表者太郎は、もはや原告は被告の取締役としてふさわしくないと考え、被告の信用・利益を守るために原告を解任することにし、昭和五九年七月一八日本件株主総会を招集した。被告代表者太郎は、右招集に際し、株主名義人のうち訴外春子には招集通知を発しなかった。同訴外人は、右被告代表者太郎の長女であり原告の姉であるところ、一〇年余にわたりイタリアのミラノに留学し、被告代表者太郎としては既に同女に二〇〇〇万円近くを送金しており、しかも同女はここ当分は帰国の予定のないことを被告代表者太郎に伝えてきていた。そして、被告代表者太郎は被告の訴外春子名義の株式は実質的には被告代表者太郎のものと考えており、右同女名義の株式の配当金等をもって右送金の財源としていたものであり、よもや同女を本件株主総会に招集する必要があるものとは考えおらず、また同女にしても本件紛争が生じて後、被告代表者太郎の手紙により知らされるまでは右株式の存在すら知らなかった。

(七)  右総会において被告代表者太郎が議長となり、右被告代表者から出席した株主に対し、原告には被告の信用を失わせる言動があり、今後更にその言動がますます昂じる恐れがあるので、被告の対外的信用と対内的利益を守るため原告を取締役から解任したい旨の説明・提案がなされ、賛成多数で本件解任決議がなされた。右総会には、一五分程度の時間を費やした。なお、右株主総会開催前に、定款の定めに従って、株式の譲渡につき取締役会の承認がなされ株主名簿が変更され、右変更後の株主名簿に基づいて、招集通知がなされた。

(八)  右本件解任決議に対し、原告は前記のとおり別件訴訟を提起したところ、被告代表者太郎は、当時の被告の顧問弁護士から被告代表者太郎と原告との親子関係の争いを法廷の場に持ち出すことは好ましくない、原告の取締役の任期は二年であり、どうしても原告を辞めさせたいのなら再度株主総会を開けばよい旨忠告されたため、被告は原告の主張事実をすべて認めて争わなかったので、右争わない事実を前提として別件裁判所により本件解任決議は取り消された。

(九)  被告代表者太郎は、昭和六〇年九月六日被告の株主総会を招集した。右総会において被告の取締役である甲野一郎が議長となり、出席した株主に対し、前記本件株主総会におけると同様の解任事由の説明・提案がなされ、出席株主全員の賛成により原告を被告の取締役から解任する旨の決議がなされた。右決議に対しては原告は何らの訴訟も提起しなかった。

2  以上の事実によれば、本件株主総会の招集手続及び本件解任決議の方法には、瑕疵があり、右決議は取り消されるべきものであったとはいうものの、右瑕疵は手続的瑕疵であって、瑕疵としては比較的軽微なものと評価され、その違法性も一般的には軽微なものと解され、また前記再度の解任決議の経緯に照らせば、本件解任決議をなした当時でも被告代表者太郎が適法な手続を踏んでさえいれば、原告を被告の取締役から解任するに足りる実体的な解任事由が存したものと推認されるのであり、右によれば、被告代表者太郎のなした本件株主総会の招集手続及び本件解任決議の方法に手続的瑕疵があったものの、かかる本件解任決議の際の株主総会の招集、解任提案とこれによる総会決議を導いた被告代表者太郎の行為があながち、民法七〇九条にいうような社会的妥当性を欠く不法行為を構成するかにつき疑問があるのみならず、前記の経過に照らせば少なくとも同条所定の不法行為責任を負わせるに足りる故意又は過失があるとまでは認めることができない。

してみれば、右被告代表者太郎の不法行為の成立を前提とした商法二六一条三項、同法七八条二項、民法四四条一項の規定に基づく被告の損害賠償責任も認めることができないというべきである。

三  なお原告は、原告は本件解任決議により正当な事由なくして任期満了前に被告の取締役を解任されたのであるから、原告が右決議取消を求めて提起した別件訴訟に要した弁護士費用も右解任によって生じた損害であるとして、被告に商法二五七条一項但書の規定に基づき原告に対し損害賠償する義務がある旨主張するが、そもそも同条の規定に基づく損害賠償責任は同法が特に定めた法定責任であって、民法所定の不法行為責任と合致するものではない。そして、商法二五七条一項但書に基づく損害賠償責任により賠償すべき損害の範囲は取締役を解任されなければ残存任期期間中と任期満了時に得べかりし利益の損失による損害であって、右解任決議取消の別訴に要した弁護士費用までも含むものとは解されないから、原告は被告に対し右弁護士費用相当額の損害の賠償請求権を有するとはいえない(ちなみに被告は既に原告に対し、本件解任決議時から再度の解任決議に至るまでの間の原告の報酬相当額の取締役として得べかりし損害を支払済みであることは、当事者間に争いのないところである。)。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤瑩子 裁判官 菅原崇 大久保正道)

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